神戸地方裁判所 平成8年(ワ)1100号 判決 1997年10月28日
原告
矢野綾子
被告
日本商事株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金四〇〇八万五九九二円及びこれに対する平成六年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金四一六二万五九八二円及びこれに対する平成六年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告日本商事株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告岡田淳一(以下「被告岡田」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。
なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
また、被告らの債務は、不真正連帯債務である。
二 争いのない事実等
1 交通事故の発生
(一) 発生日時
平成六年九月七日午前一一時四〇分ころ
(二) 発生場所
兵庫県西宮市久保町七番三二号先 信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 争いのない範囲の事故態様
被告岡田は、普通貨物自動車(神戸四五み七六四八。以下「被告車両」という。)を運転し、本件交差点を東から西へ直進しようとしていた。
他方、原告は、自転車に乗って、本件交差点西側の横断歩道を南から北へ横断しようとしていた。
そして、右横断歩道上で、原告及びその自転車と被告車両とが衝突した。
2 責任原因(乙第一号証の中の自動車検査証謄本により認められる。)
被告会社は、被告車両の運行供用者である。
三 争点
本件の主要な争点は次のとおりである。
1 本件事故の態様及び被告岡田の過失の有無、過失相殺の要否、程度
2 原告に生じた損害額
四 争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張
1 被告ら
本件事故時、被告車両の進行する本件交差点の西行きの信号の色は青色であり、原告の自転車の進行する本件交差点の北行きの信号の色は赤色であった。
そして、本件事故の直前、被告車両の直前に飛び出してきた原告の自転車を認め、被告岡田は直ちに急制動の措置を講じたが及ばず、本件事故が発生したものである。
したがって、本件事故は、原告の一方的な過失により生じたものであり、被告岡田には過失はない。また、被告会社は、自動車損害賠償保障法三条但し書きにより免責される。
2 原告
本件事故時、被告車両の進行する本件交差点の西行きの信号の色は赤色であり、原告の自転車の進行する本件交差点の北行きの信号の色は青色であった。
したがって、本件事故は、被告岡田の一方的な過失により生じたものである。
五 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
六 本件の口頭弁論の終結の日は平成九年九月一六日である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件事故の態様等)
1 本件事故の態様
乙第一号証、第九号証によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、ほぼ東西に走る道路とほぼ南北に走る道路との十字路である。
そして、東西道路は、片側各一車線、両側合計二車線の道路であり、幅員は各車線とも三・五メートルである。また、北側には幅四・〇メートルの、南側には幅三・八メートルの歩道が設けられており、車道と歩道との間は植樹帯により画されている。
(二) 本件事故当時、本件交差点の南西の角の歩道上に普通貨物自動車が西側を向いて停止しており、右車両の助手席には訴外常喜重美(以下「訴外常喜」という。)が座っていた。
(三) 本件事故の直前、原告は、自転車に乗って、本件交差点の西から、南側の歩道を通って本件交差点に向かってきた。なお、その速度はゆっくりとしたものであった。
そして、原告は、本件交差点の西に設けられている横断歩道を渡って、本件交差点の北へ東西道路を横断しようとした。
なお、訴外常喜は、原告が横断歩道を渡る直前までの状況を終始目撃している。
(四) 被告岡田は、時速約四〇キロメートルで被告車両を運転し、東から西へ本件交差点を直進しようとしていた。
そして、本件交差点内に進入して前方やや左約一〇・三メートルの地点に本件交差点を北へ横断しようとする原告の自転車を認め、直ちに急制動の措置を講じたが及ばず、被告車両の前面と原告及びその自転車とが衝突した。なお、右衝突地点は、原告が横断を開始してから約一・五メートル北側の地点であった。
(五) 本件事故後、被告車両は、右衝突地点から約八・五メートル西で停止した。
また、原告は、右衝突地点から約七・五メートル西の植樹帯の近くまで跳ねとばされ、自転車は、右衝突地点から約一〇・八メートル西まで跳ねとばされた。
2 被告らの責任原因
(一) 車両は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない(道路交通法三六条四項)。そして、進行方向の信号の色が青色であることのみで右注意義務が免れるわけではないことは明らかである。
また、車両は、横断歩道に接近する場合には、当該横断歩道を通過する際に当該横断歩道によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならず、この場合において、横断歩道によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者又は自転車があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない(同法三八条一項)。そして、同条二項との対比において、進行方向の信号の色が青色であることは右注意義務に影響を及ぼさないことは明らかである。
すなわち、信号機により交通整理の行われている交差点で、歩行者又は自転車が赤信号で横断を開始し、車両が青信号にしたがって交差点に進入したために交通事故が発生した場合でも、車両の直前に歩行者又は自転車が急に飛び出してきたなどの特段の事情のない限り、歩行者であれば、歩行者の過失の割合を七〇パーセント、車両の運転者の過失の割合を三〇パーセントとする評価を基本として、当該事故の具体的事情に応じて過失相殺の割合を認定するのが相当であり、車両の運転者に民事上の過失がまったくないとは到底いえないと解するのが相当である。
(二) 1(三)で認定したとおり、本件事故直前の原告の自転車の速度はゆっくりとしたものであったから、本件交差点の信号の色をひとまずおいても、(一)で判示したとおり、被告岡田の過失を優に認めることができる。
したがって、被告岡田は、民法七〇九条により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
また、被告会社の自動車損害賠償保障法三条但し書き所定の免責の抗弁は理由がなく、被告会社は、同条本文により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
3 過失相殺
そこで、すすんで、過失相殺の要否について検討する。
(一)(1) 乙第一号証(実況見分調書)、第二号証の五ないし七(本件事故に関する刑事事件における被告岡田の捜査官に対する各供述調書)、第七号証(本件事故に関する刑事事件における被告岡田の公判廷における供述調書)によると、被告岡田は、本件事故直後の捜査段階から一貫して、本件事故の直前、二回にわたって、本件交差点の西行き車線の信号の色が青色であることを確認した旨供述していることが認められる。
(2) 他方、乙第三ないし第五号証、第八号証の一、二によると、訴外常喜は、原告が自転車に乗って、本件交差点の西から南側の歩道を通って向かってきたのを目撃していること、訴外常喜は、その直後に、本件事故による衝撃音を聞き、原告が西の方向に跳ね飛ばされていくのを目撃していること、訴外常喜は、その直後に、本件交差点北側にある北行き車線の信号の色が青色であるのを確認したこと、本件事故の直後、訴外常喜と被告岡田とが会話を交わした際、被告岡田の方から信号の色がどうであったかを訴外常喜に尋ねたことが認められる。
(3) また、乙第六号証によると、本件交差点は、原告の通っていた今津中学校の分室から原告の自宅に帰る途中にあること、原告は、自転車で下校する際には、本件交差点に西から南側の歩道を通って向かい、本件交差点の信号機の色に応じて、本件交差点の南西角から東へ横断して南東角へ、ついで、北へ横断して北東角へ、又は、南西角から北へ横断して北西角へ、ついで、東へ横断して北東角へと進行することが認められる。
(二) ところで、民法七二二条二項に定める過失相殺の適用にあたっては、加害者が、被害者側の過失を基礎づける事実について主張立証責任を負うことは明らかである。
そして、本件において、被告らは、本件事故当時、被告車両の進行する東西方向の信号機の色が青色であった旨主張するが、(一)(1)で判示したとおり、これを認めるに足りる証拠は、結局、被告岡田の供述しかなく、これを裏付ける証拠はまったく存在しない。
しかも、(一)の(2)及び(3)で認めた事実によると、被告車両の進行する東西方向の信号機の色が青色であったとまでは到底認められず、むしろ、原告の横断する南北方向の信号機の色が青色であったと認めるのが相当である。
(三) したがって、過失相殺に関し、原告の過失を基礎づける事実は何ら立証されておらず、原告が青色信号にしたがって本件交差点を横断していた場合には過失相殺をすべきではないから、結局、被告らによる過失相殺の主張はまったく採用することができない。
二 争点2(原告に生じた損害額)
争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。
これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。
1 原告の傷害等
原告の損害額算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入院期間、後遺障害の内容、程度等について、まず検討する。
甲第二ないし第八号証の各一、第九号証、第一一号証、第一四号証の一ないし四、原告法定代理人の尋問の結果によると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故により頭部を打ち、救急車で兵庫県立西宮病院に搬送され、本件事故の発生した平成六年九月七日から平成七年三月二〇日まで(一九五日間)、同病院に入院した。
同病院における原告の診断傷病名は、脳挫傷、急性硬膜外血腫、側頭骨骨折、頭蓋底骨折、右脛腓骨骨折等である。
(二) その後、原告は、神戸リハビリテーション病院に転院し、平成七年三月二二日から同年一〇月一日まで(一九四日間)、同病院に入院した。
同病院における原告の診断傷病名は、頭部外傷、脳挫傷、四肢麻痺、失調、構音障害、右脛腓骨骨折等である。
(三) 神戸リハビリテーション病院の医師は、平成七年一〇月一日、原告の症状が固定した旨の診断をした。
右診断によると、原告は歩行困難で、体幹及び四肢のふらつきがみられ、常時監視もしくは介助が必要である。
また、自動車損害賠償責任保険手続において、原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表五級二号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当する旨の事前認定があった。
(四) 右症状固定の診断日以降も、原告は、神戸掖済会病院等に入院したことがある。
2 損害
(一) 付添看護料
(1) 甲第一二号証、原告法定代理人の尋問の結果によると、原告の入院期間中のうち平成七年四月九日から同月一六日までの八日間、原告は付添看護人を依頼したこと、右付添看護料が金九万七四四〇円であったことが認められる。
(2) 原告法定代理人の尋問の結果によると、原告の入院期間合計三八九日間のうち、右八日間を除く三八一日間は原告の母親が終始原告に付き添っていたことが認められる。
そして、前記認定の原告の傷害の部位、程度によると、右付添は必要かつ相当なものと認められ、一日あたり金五〇〇〇円の割合で付添看護費を認めるのが相当である。
したがって、この間の付添看護費は、次の計算式により、金一九〇万五〇〇〇円である。
計算式 5,000×381=1,905,000
(3) 1及び2の合計は金二〇〇万二四四〇円である。
(二) 入院雑費等
入院雑費は、原告の入院期間三八九日につき、一日あたり金一三〇〇円の割合、合計金五〇万五七〇〇円を認めるのが相当である。
また、甲第一三号証の三、弁論の全趣旨によると、被告会社の加入する保険会社である日産火災海上保険株式会社(以下「訴外保険会社」という。)が、医療器具金六万一八〇〇円の発生を認め、これを支払ったことが認められる。
よって、入院雑費等は右合計金五六万七五〇〇円となる。
(三) 交通費
甲第一三号証の三(三段目のうち金六四二〇円、四段目のうち金八万六一一〇円)、四(六段目のうち治療費金一万一九一〇円を除く金一四万一九四〇円)、弁論の全趣旨によると、訴外保険会社が原告の母親の交通費金二三万四四七〇円の発生を認め、これを支払ったことが認められる。
(四) 物損
甲第一三号証の五、弁論の全趣旨によると、訴外保険会社が眼鏡代金五万〇四〇〇円の発生を認め、これを支払ったことが認められる。
(五) 後遺障害による逸失利益
前記認定の原告の後遺障害の内容、程度によると、原告は、本件事故による後遺障害のため、一八歳から六七歳まで、労働能力の七九パーセントを喪失したとするのが相当である。
そして、後遺障害による逸失利益を算定する基礎としては、賃金センサス平成六年度第一巻第一表の産業計、企業規模計、女子労働者、学歴計、一八~一九歳に記載された金額(これが年間金二一〇万四八〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)によるのが相当であり、本件事故時(原告は満一四歳)の現価を求めるため、中間利息の控除は新ホフマン方式によるのが相当である(四年間の新ホフマン係数は三・五六四三、五三年間の新ホフマン係数は二五・五三五三)。
したがって、後遺障害による逸失利益は、次の計算式により、金三六五三万三二〇三円である。
計算式 2,104,800×0.79×(25.5353-3.5643)=36,533,203
(六) 慰謝料
前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入院期間、後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金一六五〇万円をもってするのが相当である(うち後遺障害に対応する分は金一三〇〇万円。)。
(七) 小計
(一)ないし(六)の合計は金五五八八万八〇一三円である。
3 損害の填補
治療費を除く損害につき、自動車損害賠償責任保険から金一五七四万円が原告に支払われたことは当事者間に争いがない。
被告側から支払われた金額は、原告が金三五六万二〇三一円、被告らが金三一四万八九二六円である旨主張し、原告の方が不利益な陳述をするところ、被告らがこれを援用しないので、証拠により認定することとする。
甲第一三号証の一ないし六、弁論の全趣旨によると、訴外保険会社は、原告の父親である矢野英明に金二七五万七〇八〇円を支払ったこと、被告会社に金八一万九九六一円を支払ったこと、被告会社に支払われた金員の中には治療費合計金一万五〇二〇円(甲第一三号証の三の三段目のうち金一〇九〇円、四段目のうち金二〇二〇円、甲第一三号証の四の六段目のうち金一万一九一〇円)が含まれていること、被告会社は訴外保険会社から受領した金員から治療費を除いた金八〇万四九四一円を原告に支払ったことが認められる。
したがって、被告側から支払われた金額は、訴外保険会社が矢野英明に直接支払った金二七五万七〇八〇円と被告会社が支払った金八〇万四九四一円との合計である金三五六万二〇二一円とするのが相当である。
よって、これと自動車損害賠償責任保険から支払われた金一五七四万円との合計額金一九三〇万二〇二一円を原告の損害から控除すると、残額は金三六五八万五九九二円となる。
4 弁護士費用
原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金三五〇万円とするのが相当である。
第四結論
よって、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但し書き、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉孝夫)
別表